大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和40年(行ウ)16号の2 判決 1976年11月05日

原告 森博

被告 左京税務署長 ほか一名

訴訟代理人 岡崎真喜次 西村省三 曽我謙慎 網野清子 ほか三名

主文

一  被告左京税務署長が原告に対し昭和三九年六月二五日付でなした原告の昭和三八年分所得税の総所得金額を一三八万八七〇〇円と更正した処分のうち、八三万一九五〇円を超える部分を取消す。

二  被告大阪国税局長に対する訴えを却下する。

三  訴訟費用中、原告と被告左京税務署長との間に生じにものは同被告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間に生じたものは原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1の事実(本件更正処分および裁決の経過)については、本件審査請求の日を除き、当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、右請求の日は昭和三九年一一月二五日であることが認められる。

二  原告は本件更正処分につき、所得を過大に認定した違法がある旨主張するので、まず、この点に関する被告税務署長の抗弁について判断する。

1  本件更正処分が原告の昭和三八年分の課税標準をすべて推計により算出してなされたもの(推計課税)であることは被告税務署長の自認するところである。

2  ところで、課税処分における課税標準の認定は実額によるのが原則であるから、課税処分をなす場合に、課税庁は可能な限り課税標準の実額を把握することに努めなければならず、推計課税が例外として許されるのは、納税者が信頼できる帳簿その他の資料を備付けていないか、あるいは課税庁の調査に対して資料の提示を拒み非協力的態度をとるなどのため、課税庁において課税標準の実額を把握できない場合に限られるのであつて、推計課税の右前提要件(推計の必要性)がないのになされた推計課税は、それが課税標準の中で占める割合において僅少であるなど特段の事情がない限り課税手続全体を違法ならしめるものとして、その課税根拠の有無等内容の適否に拘らず、その課税処分自体の取消を免れないといわなければならない。けだし、納税義務は本来真実の所得(実額)について発生すべきものであるが、推計により算出された所得額が右実額との間に誤差を伴うことは推計の性質上避けられないから、税法が推計課税を認めているとしても、課税庁は可能な限り実額により課税しなければならない(そのための手段として課税庁には質問検査権が与えられている)ことは当然であり、これはまた税法の認めるところでもある。即ち、申告納税制度を定着させるため税法は青色申告者に対して種々の特典(推計課税の禁止もその一つである)を付与しているが、その前提として、正規の帳簿書類の備付と正確な記帳等を義務づけることにより課税標準の実額の把握を確保し、右義務違反によつて実額の把握ができなくなつたときは青色申告の承認が取消される(これにより推計課税は可能となる)ことにしているのであり、かかる規定からも税法が実額による申告納税制度を税額確定の本則とし、実額の把握が可能な限り推計課税は許されないとしていることが窺えるのであつて、この点に関する限り白色申告についてのみ別異に解すべき理由はない。そして、推計の必要性が右のとおり税額確定の本則を支えるものである以上、それは推計課税の効力要件であると解さなければならないからである。

3  そこで、これを本件につき検討する。

(一)  <証拠省略>によれば、被告税務署長の部下職員(吉岡係官)は昭和三八年一二月に一度原告方を訪れて原告の同年分および前年(昭和三七年)分の所得調査を一括して行なつたが、その際原告は右係官に対し、給料と折代等を記入した帳簿および請求書しか提示しなかつたことが認められる(原告の昭和三八年分の所得調査についてはいまだ納税義務が成立していない時期になされたものであることが明らかである。)。

(二)  また、<証拠省略>によれば、原告の父の事業(製本業)にかかる昭和三六年分と翌三七年分の所得税の各確定申告は、昭和三五年末頃から右事業を実質的に承継していた原告が、それぞれ所得金額を計算したうえ、その資料である売上伝票等を一括して税務署へ持参し、同署の係官の指導に従つてなしたものであり、いずれについても更正処分はなされなかつたこと、そこで、原告は係争年分の所得税についても同様の計算をしてその確定申告の期限までに申告したところ、その後三か月余を経て、右所得調査のほかなんらの税務調査も受けないまま本件更正処分(推計課税)がなされた(これに困惑した原告はその対処方法を相談するため民主商工会へ赴き、そこではじめてその会員となつた)こと、ところが、本件審査請求の審理を担当した大阪国税局協議団所属の西川協議官が原告方に赴いて係争年分の所得調査を行なつたところ、原告は、本件異議申立に際し被告税務署長の部下職員(川田係官)の求めに応じて提出した係争年分の収支計算書に記載された各金額のうち、必要経費欄の外注費二一万〇四〇〇円と修繕費三万〇一〇〇円を除いて、それらを算出する基礎資料を右協議官に提示し、右資料はいずれも信頼できるものであつた(右各必要経費の存否は実額認定の可否にかかり、推計による算定は問題とならない)ことが認められる。

右(二)の事実に照らして考えると、前示(一)の事実から、本件更正処分において推計された課税標準(但し、雑収入金額、燃料費および地代家賃を除く)について推計の必要性を推認することは難しく、他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお、右各事実によると、雑収入金額、燃料費および地代家賃については推計の必要性を推認できるが、これらの各金額は被告税務署長が主張するその他の課税標準に比照して微少であるだけでなく、前掲各証拠によれば、燃料費と地代家賃については、むしろ燃料と建物の事業供用部分の認定にかかるものと認められる)。

従つて、本件更正処分は全体として推計の必要性がないのになされた推計課税であるといわざるをえないから、その余の争点について判断するまでもなく、違法なものとして取消を免れない。

三  次に、原告の被告国税局長に対する請求について検討する。

行政事件訴訟法三三条一項は「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する」と規定する。右規定の趣旨は、取消判決の実効性を担保するため行政庁に対し判決の趣旨に従つて行動すべき実体上の義務を課したものと解すべきである。更に、右規定における「その他の関係行政庁」とは、取消された処分又は裁決を基礎又は前提とし、これに関連する処分又は附随する行為を行なう行政庁をいうと解すべきところ、本件における被告国税局長は、被告税務署長のなした原処分の適否を審査する裁決庁であるから、右規定における「その他の関係行政庁」に該当するものといわなければならない。

そうすると、被告国税局長は、被告税務署長のなした原処分を違法として取消した判決と抵触する判断はできないこととなるから、原告の被告国税局長に対する裁決取消の訴えは、その利益を喪失し、却下を免れない。

四  以上の次第であつて、原告の被告税務署長に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告国税局長に対する本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 孕石孟則 松永眞明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例